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見たまま、感じたままを

見たまま、感じたままを言葉に出さないこと。

出すのならば、様々なトラブルが起きても文句を言わずに受け入れよう。

出す時には覚悟が必要だ。

なぜならば、出そうという動きが、あなたを苦しめる罠かも知れないからだ。

出せば楽になるだろうが、その一時だけを見ているようでは罠にはまる。

その意味を考えて、辛抱我慢して受け入れて乗り越えるのだ。

そこに人生の意味がある。

怒りに、悲しみに流されてはダメだ。

罠はソコ(底)にある。



自分の周りにあるイライラに罠があるということは、それをする人は…。

悟らせる人が、すべて善人だと思ったら大間違いだ。

悪人ほど自分を悟らせる。

自分が、それを受け入れて悟れば、その人は居なくなる。

そこで、その人の役目が終わるからだ。

嫌な人は感謝の気持ちで遠ざかる。



見たまま、感じたままで、それを語る事なかれ。

それが大きな渦の先の小さな波。

知らないうちに渦に巻き込まれてゆく。

魔は、常に正当なことをあなたに与えて、大義名分で悪を打たせようとする。

正義が正しいとは限らないことの意味は、そこにあるのだ。

考えるのだ。

悩み苦しみ藻掻き落ち込んでもいい。

その先に、新しい素敵な人生がある。

越えられないから変わらないのだ。

人生を変えたいのならば、考えて感謝することだ。



言葉に出す時は、人生が狂うことも覚悟して言おう。

敵が増えれば逆恨みも増える。

人様の恨みの念は、本人の無意識のところで育つから怖い。

感謝のバリアで自分を守りましょう!




では。




by fujipapa-sas | 2018-07-31 13:15 | 考え | Comments(0)
自分が悪いのに、素直に謝れない人からは、遠慮なく離れましょう。

情があって離れがたくても、そのままズルズルと時間が流れるだけなので一緒にいるだけ無駄です。

いままでの私は、情で流されて損ばかりしていても気になりませんでしたが、

謝れないような人とは、やっぱり離れた方がいいと最近になってしみじみと実感しました。


特に、自分が悪くても謝れないのに相手のミスには執拗に怒り、謝罪を求めるような人はダメ。

そして、すぐに謝る人だとしても、表面だけの人もダメです。

謝れない人は、自分を見つめていないし反省もしないので、相手の気持ちを理解する心がありません。

その場だけの感情で、その出来事の真理を見ようとしないので、いろいろな意味で話になりません。

迷惑をかけているという自覚がありませんから、きっと同じことを繰り返します。

そんなことを情でカバーしてあげても、向こうは当然としか思っていません。

こちらは助けてあげていると思っていても、向こうは感謝の気持ちもないから繰り返す。

そんなことでこちらがイライラして人生を乱すことは、本当に無駄の極みです。


小さい頃から面倒見のいい私(笑)

もう、謝れない人、反省しない人、繰り返す人は放置します(笑)

なぜなら、思っていた以上に人生は短いと悟ったからです。

手助けはしますが、様子を見てダメなら面倒は見ません。

いままでの人生で、謝れない人にはろくな人がいなかった。

見せかけの謝りをする人も同じだ。

今ごろになって気づいた次第です(笑)

「かけた情けが仇となる。」

何度、大きな仇を返されたことか(笑)

もう歳なので、返されても受けられないから、受け流すことにしました(笑)



では。





by fujipapa-sas | 2018-07-27 15:00 | 考え | Comments(2)

怒る前に

なにか言われたり、されたりして怒る時には、こう考えるようにすることにしました。

怒りが出る瞬間に、相手のことをあきらめる!(笑)

これが一番いい方法だと、いま気づきました(笑)

これ以上詳しくは書きませんので、自己完結をお願いいたします(笑)




では。






by fujipapa-sas | 2018-07-26 17:11 | 悟り | Comments(0)

高い人、低い人。

心が豊かで、感謝に包まれている人は高い位置にいる。

心が貧しくて、妬みや憎しみばかりの人が近づこうとしても届くはずもない。

住む世界が違うのだから、理解出来るはずもない。


魂は水のサイクルと同じような道をたどる。

あなたの位置がどこなのかは解らないけれど、天に戻れるように日々感謝!

低い位置に流れてゆくのならば、それはそれで運命なのかも知れないが、それを変えないとダメだ。


生きている時の位置が大切なのだ。

心を細分化して、重い思いを軽くして飛び立とう!

明日には死んでいるかも知れないのだからね。


神仏の風は上昇気流、流れに乗れば自然と雲の上。

世の中の欲にまみれていれば、蜃気楼のように地表で消えてゆく。

この世の本質を見て、一緒に生きている者の状態を観察しよう。

低い位置に流れてゆくのは簡単なのだ。


本物は、重力さえも消せる。

私は、それを知っているけれど、出来ない(笑)

いつになれば会得出来るのだろうか…。



では。





by fujipapa-sas | 2018-07-26 16:56 | 気づき | Comments(0)

受け入れられない死。

私も、身内から知人に恩師と様々な死を受け入れて来ました。

その時は悲しみに包まれながらも、しばらくすれば受け入れることが出来ていましたが、
今回の死はいまだに受け入れることが出来ないでいます。

このようなことは初めてで、いまだに考えると涙が浮かびます。

年末に会った時、最後の言葉が「また連絡頂戴ね。」だからだろうか?

最初の出逢いは8年前の8月1日、開店祝いのBBQでした。

あの伝説の映画で使われたミゼットが展示されていたのを見た時に、従兄弟との絆が強いことを確信しました。

BBQの直前に、お世話になっている有名なファンの方から「来て欲しいと言っているから来て!」と言われ、
私は2度も「畏れ多いから遠慮しておきます。」と返事をしました。

すると「普通のファンならば、喜んで来るのに(笑)」と笑われて、最後には命令されて(笑)



あれから8年目の夏が来たのに、兄貴みたいな、あなたはいない。

告別式の時、会員番号が一番若いあの方と話をする機会がありました。

「俺達の話を聞いてくれる人が居なくなっちゃったよ。」と話してくれました。

その方と私だけは、ちょっと毛色が違うファンですから、その相談が出来るのはあなただけだった。

並々ならぬ嫉妬や妬みを受けているから下手な話は出来ない。

それはあなたも同じで、私にしか話せないことがあると、よく話してくださいました。

あなたにとって、私はカウンセラーだったかも知れませんが、私にとっても同じでした。

私は他人様に心を見せることは苦手ですが、あなたには全てを見せていました。

だから、年末の席で話した時も、心の扉を全開で話せたのです。


だけど、私なんてかわいいものです(笑)

従兄弟さんの気持ちを考えたら、もの凄く心苦しくなります。

今日の夜も、あなたの従兄弟さんはお仕事で歌われます。

私、号泣しますよ(笑)



新しいジャケットの写真、モデルはあの話のあなたですね。

もう、気づいた瞬間に号泣しましたよ(笑)

私にいつも『誰にも内緒なんだけどさぁ〜』と言っていたあなた(笑)

「どうせ酔っぱらった時、他の人にも話してるんでしょ?」と言うと『そんなことはない!』と(笑)

本当だった(笑)



17日に亡くなって、もう初七日が過ぎたのに、まだ受け入れられない。

こんなことは初めてですよ(笑)

恋人でもないのに、ただの72歳の爺さんなのに(笑)

これほど悲しいなんて、あなたがどれだけ偉大だったかってことですね。

本当に偉大だった。

49日まで、まだしばらくありますから、また逢いに来てくださいね。

後のことは、まかせてください。





では。







by fujipapa-sas | 2018-07-25 13:54 | My DNA | Comments(0)

アンテナ

人様には、毎日起こる出来事を感じ取れる心のアンテナがある。

でも、そのアンテナは成長するに連れて、常識という世間の作った欲に汚されてゆく。

毎日起こる出来事は世間一般の常識外も数多くあるのに、みんな枠にはめたがる。

アンテナは汚れ、出来事の本質を感じ取れないようにしてしまう。

常識が、アンテナの感度の限界を作ってしまうのだ。


先人の知識や周囲の経験なんて、いまの自分と当てはまる訳ではない。

あなたが感じたことが、あなたにとって大切な経験であり悟りなんだ。

あなたに起きた出来事は、あなたのアンテナでしか傍受出来ない。

あなたの人生にとって、本来ならば必要のない電波を傍受していては悟れない。

心のアンテナを綺麗にして、自分の周りで起きている出来事を感じ取ろう!

世間の常識は、生きていく上でとても大切ではあるけれど、それだけを信じてはダメだ。

自分の心に素直になって、意味を考えてアンテナの感度を上げよう!

そうすれば毎日は楽しくなる♪



では。




by fujipapa-sas | 2018-07-24 14:09 | 神霊(しんれい) | Comments(0)

御礼参り。

昨日の夜中に親友から亡くなった時間を教えてもらった。

17日の12:50分だということだったので、その時間に合わせて用意して出かけました。

すると、ちょうど到着して車を出た時間が同じ時間(笑)

小高い山の、すべての神様仏様に御礼をして参りました。

亡くなる直前まで生きられたことの御礼です。

そして49日を過ぎたら、安らかに極楽に行けるようにお願いをして参りました。

灼熱の中でしたが、なんとか御参りをすることが出来ました。

何度となく脚を止めて休みましたが、その度に気持ちのいいそよ風が吹いて癒されました。


神社に祝詞をあげ、御礼とお願いを済ませた後に不思議なことがありました。

大きな祠の裏にある小さな祠、そこの前にある岩にアゲハ蝶が止まりました。

小さな祠に御参りした後、祠に話しかけている時でした。

止まった方向は西北、神仏の位置と言われる方向です。

陽に照らされ熱くなっている何もない岩の上なのに、しばらく羽根を休めていました。

「あぁ来てくださったのだな」と思っていると、もう1頭(匹)のアゲハ蝶が現れた。

岩から飛び立って戯れていたのを見ていながら、「いなくなっちゃうんだなぁ」と考えていると、

どういうわけか、1頭の蝶が同じ場所に戻って来た!

グルグルと回って飛んでいたので、どっちがどっちかは解らなかったけれど(笑)

まるで「まだいるよ。」と言わんばかりで思わず笑ってしまった(笑)



あの世に行かれても、気を使ってくださってありがたい。

一度は御参りに行きたいと言ってくださっていたからだろう、何度か横にいらしていた(笑)

「けっこう大変でしょう?」というと、横の木々がサワサワと風に吹かれていた(笑)

熱くて死ぬかと思ったけれど、温もりを感じた時間でした。



ありがたいことです。



では。





by fujipapa-sas | 2018-07-19 21:33 | My DNA | Comments(0)

同じ日

誕生日は、私の弟と同じで、

命日は大好きな祖母と同じだなんて、まったく(笑)

もう、涙が止まらないですよ(笑)

きっと全国からファンが集まるでしょうね。

ほんとうにお疲れさまでした。

ありがとうございました。

あっ!私、まだ宣伝部長のままでいいですか?(笑)

来月、最後の宣伝をさせていただきますね。



では。




by fujipapa-sas | 2018-07-19 00:33 | My DNA | Comments(0)

覚悟は出来ていた。

あえて伏せ字で。

あっ◯ちゃんへ

お疲れさまでした。
3日前ぐらいから胸騒ぎがしていましたが、まさか…。

ほんとうに、いろいろとお世話になりました。

年越しの飲み会には来ないはずだったのに、来たと思ったら私とだけサシで話してばかりで(笑)
あのとき、神様が時間と場所をセッティングしてくださっていたのを、私は確信していました。
久しぶりに内緒の話をしましたね(笑)
男同士の濃い話(笑)
あの時間がなければ、お互いに誤解したまま終わっていました(笑)
神様は凄いです。

今回の千日行では、最初から奥様と長生きをとお願いしていました。
でも、今年の2月に御参りが中断したとき、嫌な予感がしていました。
前回の御参りの時から数えれば、1500回以上は御参りしていたけれど、勘が当たってしまいました。
何年も前からタバコを止めるようにお願いしていたのに…。
肺がんで逝きますよって、あれほど注意したじゃないですか!
まだまだ話すことがあったのに!

告別式、行かせていただきます。
寂しくなりますよ。
ほんとうに寂しい。

でも、あの世に行って、真実が視えるようになったでしょ?(笑)
私の話していたことが嘘じゃないことも、私の性格も理解してくれるでしょ?
大丈夫、これからも祈り続けますからね♡

たくさんのファンのために、ありがとうございました。
いつまでも忘れません。

ありがとうございました♡

今日は、ここまで(笑)

by fujipapa-sas | 2018-07-18 21:34 | My DNA | Comments(0)

七代祟る意味。

今日は祖母の命日でした。

あれから13年も経つのかと、感慨深い夜を過ごしています。
13年前の今ごろの時間、葬儀屋さんのホールで後輩と2人でオバケに囲まれていました(笑)

まぁ、そのようなことを考えていましたら、タイトルの意味が急に出て来ました。
命日の祖母は母方ですので、祟りとかは無いのですが、父方は祟られている家系なのです。

昔、行者の先生に、私が祟りの七代目だと言われたことがあります。
これを初めて読んだ方には行者の先生の説明が必要かも知れませんが、
霊能力や知識がもの凄くて、そんじょそこらの方とは違います(笑)
説明すると長くなるので、凄い先生とだけ伝えておきますね(笑)

私が七代目ということは、祟りの結び(終着駅)みたいなものです(笑)
確実に、ろくな死に方をしない最後の当主(笑)
私が5歳の時に、行者の先生は、それを見抜いておられました。
なので、お供養をしてくださる時には、もの凄く心を込めて命がけでお供養してくださいました。

ですが、子供心に疑問がありました。
なぜ、1代で祟りを終わらせないのだろうかという疑問です。
だって、その方が祟りを発生させたのですから、その方で終わりにすればいいじゃないかと(笑)
なにも真綿で首を絞めるように、じわじわと年月をかけて殺して行かなくともと感じていました。
だけれども、先ほど気づいたのです。

祟るものは、その家系の子孫が、先祖に関わる霊魂(祟りの元)を敬うのか見ているのです。
要は、七回ほどのチャンスを与えてくださっているのだなと思いました。
それが頭に浮かんだ瞬間、シンクロしたからでしょう、涙が溢れて来ました。

祟るものは、憎しみだけでなく、慈悲の心で見守っているのです。
そう考えれば、すぐに根絶やしにしない意味が理解出来ます。

この解釈は、おかしいかも知れませんが、いまの私の答えなのです。
祟っている方々にも感謝なのだな〜。

これを悟る為に、私は何度も救われて来たのかも知れません。
ありがたいことです。



では。





by fujipapa-sas | 2018-07-18 00:14 | 神霊(しんれい) | Comments(0)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心