カテゴリ:自然( 57 )

今日の御参りは日が沈んでからだった。

下の鳥居をくぐると風が少し冷たくて、辺りの暗さも少し違う感じがした。

風に秋の匂いを感じ、暗闇に冬のような静寂を感じた。



山は、私に何かを与えてくれたようで、山とのシンクロ率が明らかに上昇していた。

柏手の音に、蝉の鳴き声、木の葉の音に静けさ、花火の振動に瞼の光り…。

私の感覚が研ぎすまされていく…。

すごく不思議な感覚の御参りで、気持ちが軽くなっていることに気づく。

いろいろと起きるつまらない出来事は、もう、私を微笑ませてくれるだけだ。

すべての時間が風のように流れている。

未来に起こる出来事には、過去に神様が仕掛けをしてくれていて私を助けてくださる。

その助けが発動するかは、私自身の心がけ次第だと理解出来るようになった。

私が自分を見つめ反省しなければ、その発動という種は発芽しない。

自分のした行為を受け入れることで助けが起きる。

神様は、誰にでもなんにでも答えという種を蒔いてくださっている。

それを発芽させるのは、一人ひとりの心がけ次第なんだな。




人生はおもしろい。

四季のように様変わりしながら、心を育ててくれる。

人は、自然と一体になって生きている。

感覚と感度を高めることで、人生は、これほどまでに素晴らしくなるのだ。



秋が来た。

今年の冬は、いろいろな意味で寒いから、みんなで心を温めないとね。

自分をしっかり持って歩いてゆこう。

それが現代に生かされている者の使命なのだからね。



もう、秋か…。

さて、頑張ろう(笑)




では。






by fujipapa-sas | 2017-08-10 23:35 | 自然 | Comments(0)

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花はいいねぇ〜
自分で撮影しましたので、ご自由にどうぞ♡

道ばたに咲いていた名前の知らない花です。

では。





by fujipapa-sas | 2017-08-07 20:56 | 自然 | Comments(0)

とんび

夕暮れ時の御参りで、鳶(とんび)と出逢った。

あれだけ薄暗い中を、鳥目のはずの鳶が、挨拶をするように目の前に現れてくれた。

最初は梟(ふくろう)かと思ったけれど、鷹のような顔立ちで鳶だとわかった。

少し小さい鳶だったから、きっと子供の鳶なのだろう。

でも、3メートルぐらいまで近づいても逃げなかった。



一昨日の御参りの時、いつものお坊さまに会った。

私と会いたかったそうで、やっと会えたと喜んでいただけた(笑)

先々月から水行を始めたと告げると、その違いが出ていると教えていただいた。

穏やかになっていると言われました(笑)

霊感も何も無いお坊さまですが、そういうことは解るんだとおっしゃっていました(笑)

私の若い頃を知っている方なので、あの頃は鋭利な刃物のようだったと笑われました(笑)

水行を始めると、余計なものが削ぎ落されて行くのだろうと、私と同じ考えを伝えてくださりました。

本業のお坊さまでも、毎日の水行はあまりしないそうです。

だもの、削ぎ落されて行く訳です(笑)



鳶は、私に何を伝えに来たのでしょう?

とても穏やかな眼で私を見つめていた鳶。

視線が合うこと10秒以上。

なんだか不思議な感じでした。



2ヶ月前の私と、今の私はかなり違います。

余計なものが削ぎ落されたことも自分で解ります。

毎日、水を被っているだけなのに(笑)

穏やかになるにしたがって、自然が私を見守っていてくださるのが解る。

ありがたいことです。



では。





by fujipapa-sas | 2017-07-03 23:04 | 自然 | Comments(0)

虫の音

夏にはたくさんの虫達がいて、御参りもおもしろいのだが、

この時期になると、だんだんと虫の鳴き声もしなくなって、少し寂しくなる。

木々の葉も枯れて落ちて、なんか物悲しくなる。

これからの御参りが、なかなか大変でね。

御参りは修行のひとつだと考えているので、どんなに寒くても手袋はしないのです。

なので、手が氷のように冷たくなって手が震え出したりします(笑)

これだけ寒いのだから、虫も大変だ。

冬は大好きな季節だけど、命の音が寂しくなるから御参りも寂しくなってしまうなぁ〜。



さぁ、明日は二年前の選挙の時の仲間に会いに行く日。

みんな元気かなぁ〜。



では。





by fujipapa-sas | 2016-12-03 22:19 | 自然 | Comments(0)

人生の意味

世の中には、いろいろな人がいて、いろいろな人生がある。

生き方や考え方、立場に環境までが違う。

同じ様な境遇であっても、それぞれが違うんだ。

だから、それぞれの人生が違うし、その意味も違うように思える。

けれど、人生の意味は同じなんだ。



どんな生き方をしていても、職業や地位が違っても同じ意味があるんだ。

すべては違うよ、すべてはね。

でも、それではこの世の意味が違ってしまう。

誰ひとりとして、同じ人生ではないけれど、意味は同じだ。

それはね、心を鍛錬して優しさや思いやりを心に育むことなんだ。

どんな人生であっても、それを習得しなければダメなんだ。

それが人生の意味だ。



どんなに違う境遇や環境でも、それを学ばなければ意味が無い。

なぜ、それぞれが違う人生なのか?

それぞれの人生が違うからこそ、その鍛錬に意味がある。

違う人生を見て、その人生の意味をいただき、それを己の肥やしにする。

独りでは学べないから、あなたの側にいろいろな人達がいる。

すべての方々に感謝して、その人生をいただき、優しさを思いやりを育もう。

そうすることで、その種は、大きな愛の花を咲かせることだろう。

勉強や仕事という学びも大切だけれども、肝心な心を整えてなければ成功とはいえないよ。



さて、私も明後日で444日目。

その日は府中の有名なお寺に御参りに行きます。

4年ぶりに黒い不動明王様に逢える。

住職も元気かなぁ〜



では。




by fujipapa-sas | 2016-11-21 22:49 | 自然 | Comments(0)

来ないよ。

来週の水曜日に南海トラフ地震が来る様なことが言われていますが、来ないよ(笑)

大地震は、まだ先です。

だから安心していてください♪

地震なんていつ来るのか解らない(笑)

そんな解らないことを考える暇があるのなら、自分の内面を見つめる時間を作りましょう!

感謝して笑顔で過ごせば、地震が来ても少ない被害で済みますよ。

感謝のパワーは凄いのです!(笑)



さて、来週の水曜日が楽しみになりました(笑)

スピリチュアルが大好きな人々よ。

本物は不安にさせないものですよ。

ちなみに、私は偽物です(笑)

だから表には出ません(笑)




では。






by fujipapa-sas | 2016-11-19 22:42 | 自然 | Comments(0)

葉っぱがね、

今日は、朝の御参り。

ほんとうは、のんびりと寝てから夜に行こうと思っていた。

でも、朝眼が覚めたら『来なさい。』と起こされたので行きました(笑)



とても清々しい陽射しの中を歩いて御参りをして、下の天満宮さまに御参りをしたら…。

なんていう植物なのだろう。

長細い茎の先に、手を広げた様な葉っぱの形をした草が、フラワーロックのように動いてた。

私が天満宮様に、昨日の悟りを報告して間違っていないですよね?って考えていたら、

私の後ろからそよ風が吹いて、その葉っぱが手を振るように動いてた。

それも、3本も離れた間隔で生えているのに、ここにいるよ的な感じで動いてた!(笑)

よく見ると、その横に生えている他の植物は風が当たらないのか、どれも動かない。

その3本だけが、手を振るように動いているだけだった。

思わず「ぷっ」と吹いて笑ってしまった(笑)

すごく可愛く手を振る子供のようだったから…。



これが、今日の素敵な御褒美。

早起きをして、とても気持ちよい歓迎を受けることが出来ました。

ちなみに、気のせいかと思い、その場を離れた後に振り返ってみて見ると…

葉っぱは動いていませんでした(笑)



ありがたいことです♪



では。





by fujipapa-sas | 2016-11-03 22:52 | 自然 | Comments(0)

ピンチになっても

人生の、いろいろな場面でピンチになっても、穏やかな気持ちを持って慌てないこと。

慌てると、ろくなことにならないからだ。

特に人間関係でのピンチでは、怒りや恨みを捨てて穏やかにすること。

怒ったり恨んでいると、そっちの方向に事が流れる。

どうせ、行き着く先が同じならば、ゆったりと構えていればいい。

気持ちが落ち着いていれば、きっと流れは変わる。

死ぬ訳じゃ無いと考えれば、心もゆったりと出来る。



相手を恨めば思う壺だ。

ピンチから窮地になる(笑)

ピンチになったら人生の岐路に立ったんだと感謝しよう。

いつも同じ様な人生はつまらないと考えよう。

嫌な相手も人生を変えてくれる神様だと感謝しよう!

そうすれば、ピンチがチャンスに変わるよ。

目の前のピンチを見ていてはダメだ。

先の新しい自分を、新しい人生を見よう!




さぁ、チャンスだ!





では。






by fujipapa-sas | 2016-10-26 23:28 | 自然 | Comments(0)

月影

昨日の夜に御参りしたときのこと。

もう一つの頂上にある道了様の御参りから帰ろうとすると、もやに包まれた広場に月明かりが射していた。

広場の周りにある木々が月明かりに照らされ、もやが白いベールのように発光して幻想的だった。

すべてがモノクロになっていて、そこに月の光りが天からの道のように射していたのだ。

御参りのときには携帯を持たないので、この時には写真を撮りたくて思わず「持ってくればよかった。」と(笑)

しばらく月明かりの中に身を置いてから、下山し始めた。



すると途中の道で、もやが劇場のスモークのように照らされている場所があった。

道の中央が、スポットライトのように照らされている。

木々の葉の影で光りが集まっているようになっていた。



するとね、そこに大好きな祖母たちや、本家の伯父夫婦がにこやかに立っているように視えたのです。

昨日は、千日行を二度もこなしているのに、初めての出来事がありました。

道了様の祠で般若心経を唱えていると、天狗様がたくさん思い浮かんで来て、すべての天狗様が笑顔でした。

このようなことは一度もなくて、うれしい気持ちで降りて来たら、幻想的な景色とご先祖様。

もうね、涙が出ましたよ!(笑)

こんな凄い御褒美はありませんよね?(笑)

でも、まやかしかも知れないから、月に向かって言いました!(笑)

御褒美ならば、下山する途中でもやを消して、雲ひとつないお姿をってね(笑)

そしたら、すぐに叶いました!(笑)



神様仏様、そしてご先祖さまは、いつも自然の中にいます。

自然に、さりげなく、自然に隠れて見守っています。

あなた自身が、自問自答をすれば、すべて答えを自然の中に織り交ぜて教えてくださることでしょう。

すべての出来事には意味があって、それを理解するには自然を視れば解ります。

いま解らなくても、いつか時間が経過して答えが解ると思います。



月影にも答えはあります。

だから、相手があっての毎日なんて、簡単に答えが見つかるはずなんです(笑)

嫌だ嫌だでは簡単な答えでさえも見つかりません。

月影を感じられるぐらい、あなたらしく自然にいましょう。

そうすれば、すべての意味に感謝が出来ますよ♪



では。





by fujipapa-sas | 2016-10-18 23:39 | 自然 | Comments(0)

僧侶である限り

批判しているわけではありません。

では、短く(笑)


『僧侶が僧侶である限り、真の真理には近づけない。』


来週の日曜日、仙台に行くことになりました。

夜中の2時過ぎに起きて山に御参りしてから出発します。

昼過ぎに所用が終了するので、慈眼寺を訪ねようかとネットで調べたら…。



せっかくの千日が、もったいない気がしました。

私が言えることではないのは、重々承知。

メディアに出て、教えを伝えることも大事なことなのは理解出来ますが、

そのようなことをしていると、段々と真理から離れてしまいます。

ブログでいいじゃないですか?

無料で教えを伝えることが出来ます。



教えはヒントだけです。

真理は、それぞれの方の経験で花開くと思っています。

どんなに素晴らしい言葉でも、己が経験して感じない限り、目覚めることはないのです。

僧侶が、その務めをしていると言われるかも知れません。

違うのです。

すべては、すべての方の心の中にあるのです。

それを諭すには、金品やメディアはいらないのです。




普通の生活をして稼ぎ、その稼ぎで生活をし、普通に自問自答して真理に近づくことが真理。

己の経験を伝えたとしても、その方々が理解出来るはずがない。

他人の経験は、すぐに忘れてしまう。

きっかけになったとしても、その方の経験ではない。




職業が僧侶でも、僧侶であってはならない。

普通に自問自答して、隠れるがごとく普通の僧侶であればいい。




ただ、私も同じ境遇ならば、同じようになっています。

だから、いまの時代に僧侶でなく、普通の人として生まれ変わって来ました。

僧侶である限り、その呪縛から抜けることは出来ませんよ。

僧侶という職業を務めながら捨てることを考えてください。



長くなりましたが、真理とは難しいものです。




では。




by fujipapa-sas | 2016-10-18 11:44 | 自然 | Comments(0)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心