人気ブログランキング |

カテゴリ:千日行( 139 )

継続することは難しい。

先日、猫が死にそうだったので久しぶりに御参りに行った時のこと。

透析の次の日ということもあるが、とにかく頂上まで行くのが大変だった。
全盛期は90分程度で御参りから戻って来ていたのに、先日は倍の時間がかかった。
心臓に負担がかかるので、ゆっくり登ったけれど、それでも身体がキツかった。

山頂に着いた時、思わず言葉が出た。
「こんなの毎日やってたんだ、ありえない。」
そう、それを毎日連続でやっていた(笑)

仕事が終わり、すぐにシャワーを浴びて清めてから御参り。
たとえ、どんな用事や予定があろうと御参り。
予定の時間がずらせない場合は、2時間しか寝ていなくても御参り。
大雨でも台風でも雪でも熱波でも強風でも御参り。

何度も襲いかかる疑問、「私は、なんで御参りなんかしているのか?」
御参りに疑問を感じると、御参りに行こうとする気持ちが一番重くなる。
そこで止めようとするのだが、今までの努力が無駄になると思うと逃げられない。
継続するということは、もの凄く大変でツラいこと。

継続する日々が続けば、身体はもちろんのこと、心も重くなる。
御参りも少数の者だけにしか言っていないから、何も知らない。
少しでも応援の声があれば励みになるのだろうが、
それを求めてないから、ただ、黙々と毎日をこなすだけ。

継続出来たのは、ほとんどが意地(笑)
鬼のような意地を自分に張って、死ぬ気で頑張った。

あとは、昨日までの努力が無駄になることを考えた。
ただ、500日になった時とかは、半分だしいいかな?なんて止めることを考えてた。

毎日、続けることの大切さと、止める勇気との戦い(笑)
千日間連続という目標は、想像以上に遠くて大変だったけれど、
なぜに継続出来たのか?今になって思えば、こんなことかな?

「助けたい。」

自分ではなく、他人様を助けたいと思う気持ちだった。
特に3回目の千日は、思う他人様が多かった(笑)
2回目は桑田さんだけだったけれど、3回目は20名以上だった。
みなさんが健康で元気であるように御参りしました。
おかげさまで、お願いをした方々は今も元気です。
三毳山神社さまのお陰さまです。

一日1分でも、何かを毎日継続することは大変です。
でも、それをすることで見えて来ることがあります。
私のように毎日山を登るとかしなくてもいいので、
何かを始めてみてはいかがですか?
継続することで、きっと人生が開けて来ますからね。

コツ?
コツは、今日出来たことを感謝し、明日出来るように考えること。
初日から先の100日目とか考えるとダメになります。
このぐらい余裕だと考えてもダメです。
今日に感謝して、終わったら明日出来ることを信じる。
毎日の積み重ねだけを考えれば大丈夫。

毎日を楽しみながら継続してくださいね♪


では。




by fujipapa-sas | 2019-06-13 03:38 | 千日行 | Comments(6)

三毳(みかも)山神社

私が千日行を行った三毳山神社は、東北道の佐野藤岡インターの東側にあります。
東北道の南北に沿って山並みが続いているので、通った方なら憶えているかも知れませんね。
栃木県の県立公園になっており、車両等の通行も無く安心して散歩が出来る公園です。
山頂からは関東平野が一望出来、昼間でも視界がよければスカイツリーが見えます。

私が御参りしていた三毳山神社は、その山並みの南側の頂きにあります。
インターに直結している国道を東に行くと、道の駅があります。
そこに車を駐車し、ラーメン屋の裏にある神社(下社)から参拝します。
公園の南駐車場もありますが、夕方には閉まるのと、その周辺は昔からよくない場所なので、
私は昼間でも、道の駅の東側に駐車します。
細かく言うと、道の駅の北側も数年前にあることがあり、それ以来停めないようにしています。

道の駅北側に、みかも不動尊がありますが、
私の御参りしている神社とは関係がありませんので、間違えないようにしてください。
ラーメン屋さんの裏に下社の鳥居がありますので、そこから登頂してください。
鳥居をくぐったら、右奥にある水道で手と口を清めてください。
そうしましたら、神社に参拝の無事を祈願して山頂を目指してください。

ちなみに、下の神社に御参りするだけでも、かなりのご利益がありますので、
体力的に無理な方は、下の神社を御参りするだけでも大丈夫です。
下の神社の御参りだけでも、数々の奇跡が私には起きていますので…。

下社から山頂に向けて真っ直ぐ参道があります。
車道の方は、下山する時に利用してください。
足腰の弱い方は、その車道を利用してゆっくり登るといいです。
分かれ道がありますので、上に登っている道を進んでください。
車道から上がると東屋を3つ通り過ぎます。
4つ目が見えたら、そこに分かれ道が右側にありますので、そちらに進んでください。
その右の先に神社の鳥居があります。


下社の裏から100mぐらい先にある分かれ道の細い山道が参道ですが、
真っ直ぐ進む参道の途中は足場が悪いので、滑りやすい靴は避けてください。
また、この時期からマムシが出ますので、夕方は注意してください。
マムシは夜行性なので、昼間に見かけたことはありませんが、気をつけて。

参道の途中にある杉の大木が御神木ですので、必ずご挨拶をしてください。
その御神木の下にある池が、昔、行者が身を清めていた池らしいです。
その東側には社務所があったそうで、昔は行者が列を作って清めていたとか…。

その御神木から頂上までは、だいたい20分も歩けば行けます。
時間に余裕のある方は、岩のむき出している参道周辺で森林浴がお勧めです。
参道の岩がキツい方は右横に階段がありますので、それを利用すると楽だと思います。
途中、脚を休め自分の心の思いを樹々に伝えると、そよ風が答えてくれますので試してみてください。

山頂に近づくと長い階段と鳥居がありますので、鳥居の下で必ず挨拶をしてから入ってください。
階段を上がった先の正面に神社があります。
(ちなみに、その階段の真後ろ側にスカイツリーが見えます。)
神社の裏に小さな祠がありますが、そこに昔は神社の本殿がありました。
太平洋戦争の時、太田市の金山と間違えられて爆撃され、本殿が焼失し、今の本殿になりました。
霊感の強い方が見えると言う白い天狗様は、神社の右側にある木の下におられますので、
なにかを感じられましたら、願うこと無く挨拶だけで大丈夫です。

神社の境内には椅子とテーブルがありますので、お弁当を持って行くと最高です。
ただ、本殿の前にある、テーブルのような石にはあがらないでください。
その石はお供えを置くために使われているそうです。
座禅するには最高の石ですが、我慢してくださいね。

御参りが終わりましたら、階段の下の鳥居まで戻ってください。
間違っても神社の裏の山道から北には行かないでください。
そっちは見れば解りますが、とても怖くて昼間でも闇が深いので危険です。
鳥居まで戻りましたら、西に向かう車道がありますので、そちらに歩いてください。
100mも歩くと分かれ道になりますので、右へ。
すぐに東屋のある広場がありますが、そこも見える人には危険ですので、
東屋の椅子には座らないでください。

広場には水道がありますので、手と口を清めてください。
その広場の自販機がある側に、大雄山最乗寺の分祀がありますが登り口は北側です。
東屋を背中に見て、左側の道に進むと階段があり、そこが登り口です。
尾根に沿って歩いて行くと右側に祠があります。
そこが分祀の祠ですので御参りしてください。
ちなみに、祠の壁をよく見ると、上の帯の横に龍の模様や、扉の右側に地蔵様、
扉には阿吽さんの阿さんがシルエットで見えます。
祠の左の岩肌には、不動明王様がいらっしゃいます。
他にも見える方には見えますので、是非とも探して見てください。
祠の岩肌には数々の神仏がおられますので、登るのは厳禁です。

その祠から先に、コンクリートで出来た砦がありますが、そこも危ないので行かれませんように。
御参りが終わりましたら、東屋があったところまで戻り、そのまま南側の道路を通って下山しましょう。
間違っても、北の山並みの方には行かないようにしてください。
山の北側は、見えない人でも感じるくらい暗いです。

下山途中は、道が分かれ道になっていますので、看板を見ながら南駐車場を目指してください。
ちゃんと下社の鳥居をくぐって帰るようにしてくださいね。
下の神社にも無事に御参り出来ましたと感謝を伝えてください。
三毳山の皆様は、感謝を喜ばれますので御礼は必須です。

帰る時の参考として、道の駅の中にある野菜は安いのはもちろんですが、
そこにある原田製麺の蕎麦やうどん、焼きそばの麺がお勧めです。
隣町の館林市の麺ワングランプリで優勝した製麺所の麺です。
佐野名物のイモフライも販売していますが、市内に行って食べた方が美味しいので、
総菜コーナーにあるものは避けた方がいいでしょう。

とりあえず、ざっとでしたが神社への案内になります。


ちょっと長文になりましたが、参考になれば幸いです。


では。



by fujipapa-sas | 2019-05-31 20:11 | 千日行 | Comments(4)

今更だけれど

私は、直感と野生の勘を持ち合わせたハイブリッド型のエンパス。

千日をはじめたのも、自分の力を飲み込まれないようにするため。

相談は力を吸い取られる。

でも、千日行をさせていただけたおかげさまで、ちょっとやそっとじゃ負けなくなりました。

まぁ、まだまだなのですが、これから少しだけ本気で生きてゆきます(笑)

もう少し体調が整った時に、講演会や体験談の書籍化も考えようと思っています。

以前からお話はいただいていたのですが、そろそろかなと(笑)

でも、こんな私が役に立てるのでしょうか?(笑)

またいつもの思いつきですので気にしませんように(笑)



では。





by fujipapa-sas | 2019-03-07 22:40 | 千日行 | Comments(2)

恐怖神(きょうふしん)

最初の千日行でのこと。

仕事をしてからの御参りだったので、毎日、夜に御参り。
最初の御参りでは、険しい山道の参道を使わずに御参りしていた。
アスファルトの曲がり道を歩いていたので、視界は良好で今よりも楽だった。

車は入れない山なので、夜には誰もいない小高い山だから、少々怖い(笑)
暗闇は深くて樹々に色は無く、モノクロの世界。
冬になると、生き物の気配も感じることのない静かな世界だった。

最初の千日の時には、知合いの方達を夜の御参りに連れ出したこともあったが、
全員が、その闇の深さに恐怖を感じ、山の入り口で「うっ!」と声をあげた(笑)
勘の鋭い者は、その闇の中に、なみなみならぬ気配を感じ、帰る者さえいた。


恐怖心は誰もが持つモノだ。
それが普通だが、それを受け入れられれば心は強くなる。
強くするには、考えればいいのだ。

私も最初は怖くて、山の奥で落ち葉のガサガサという音を聞いただけで驚いていた(笑)
なにか生き物の気配を感じると、その方向に石を投げていた(笑)
ある時、こんな言葉が浮かんだ。


『よく考えろ、動物以外に何がいる。恐怖は自分が作っているのだぞ。』と…。


この言葉が浮かんだ時に、この恐怖心は他のことにも言えることだと感じた。
恐怖心だけでなく、疑いや嫉妬に欲望などなど、全て自分が作っていると。
よく考えてみれば、全てが解決するし、自分を見失うこともないなと。

怖いと思う心が、恐怖の神様をも作り出す。

それを理解してから、夜の山で物音がしても動物だなとか、風だなオバケだなと解るようになった(笑)
何があっても冷静に判断出来るようになった。
物音にも感謝ですね(笑)


さて、この春から天災が起き始めます。
冷静な判断が必要な時代が来ましたので、恐怖神を作らずに心で考えましょう!
心を柔らかく保つことで、自分の運命がいい方向に進みます。

恐怖神は、自らが作り出した闇の神様。
心を見つめていれば入られることもない。
よく考え、自分を楽しんでいれば幸せな人生になる。

その神様の正体を知ってから、私には闇が寄り付かなくなった(笑)
でも、それでも、身体の調子が悪いと不安とセットでやってくる(笑)
弱い自分を磨いてくれる神様なんだと、感謝しながら「負けるかコノヤロー!」だ(笑)


では。


by fujipapa-sas | 2019-01-12 23:07 | 千日行 | Comments(2)

闇と魔物

今日の夕方、旅先から戻って参りました。

一昨日の夕方、久しぶりに暗闇の小高い神社の下に御参りに行きました。

旅に出て参りますと報告に…。



街灯ひとつない小高い山。

もちろん、下の神社にも街灯はありません。

眼の悪い今の私では、下の神社さえも暗くて御参りがし難い。

よくもまぁ、懐中電灯も点けずに、頂上まで千日も歩いて御参りしていたものです(笑)

急な岩だらけの坂道も、急勾配の階段も無灯火でした(笑)



久しぶりに見る闇は、もの凄く深い渦のようで、魔物もうじゃうじゃ(笑)

でも、私が鳥居をくぐると汐が引くように木立に隠れた。

闇と魔物に御礼を伝えると、自然と涙が出ました。

これほどの闇と魔物の中を、普通に御参り出来たのは、闇と魔物が見守っていてくださったから。

この書き込みを見て笑う方がいたら笑えばいい(笑)

それが「普通」だからだ(笑)



私は「普通」じゃない。

小高い山の闇を見て再認識しました。

だもの、昨日御参りに行った大雄山の皆様の歓迎も変化するわけです(笑)

龍神の樹の前で、初めてお祓いを眷属から受けました。

他人様には解らない方法でね(笑)



いろいろと、ありがたいことです。



では。





by fujipapa-sas | 2018-09-24 21:27 | 千日行 | Comments(0)

『そのために助けた。』

「もう一度、連続の千日行がしたいです。」


『そのために助けた。』


この一言で、いま、私は救われました。

私の神仏様は、私に嘘はおっしゃりません。

そして、この意味の重大さも私は知っています。

だから、つい、ニヤリと笑ってしまった(笑)

また、命をかけて生きることが出来る幸せ。

ありがたいことです。




では。





by fujipapa-sas | 2018-09-16 00:23 | 千日行 | Comments(0)

非公開さまへ

非公開さまへ、なんとなく不安になっていると思ったので、特別サービスです(笑)

今日のような地震や昨日の台風で亡くなられた方もいらっしゃいます。

私の祖母が昔に話していた言葉があります。

「人間は病気や事故で死ぬんじゃなくて、寿命で死ぬんだ。」って。

だから、病で苦しいとは思いますが、長生き出来る可能性もあります。

それは、なにがなんでも生きるんだ!という心です。



ここからが内緒になるので、しばらくしましたら非公開にしますね。

私が、3年前の9月から、この2月まで御参りしていた時、あるお願いをしていました。

知合いの方の5歳になるお孫さんが、リンパ性の癌になりました。

頭と喉に拳大の腫瘍が出来ていたのです。

それを聞いた瞬間、あぁダメだなと普通は思いますよね。

でも、私は、必ず助けますと言い切ってしまいました(笑)

その日から、御参りの時に元気になるようにお願いすると、時間はかかりましたが小学校に行けるぐらい回復!

入院中は、もの凄く大変だったそうですが、とても頑張ったそうで今でも元気にしています。

他にも余命3ヶ月だった知合いの中年男性が、一年以上の延命されましたし、行きつけの床屋のオジさんは、

脳梗塞と心筋梗塞を発症し、生死を彷徨いましたが無事に健康になったり、

30代後半の女性は、御参りに50回程度来ていたら、5歳から聞こえなくなっていた左耳が聞こえるように…。


まだまだありますが、自分が生きたいと思っていれば、奇跡は起きるのです♬

きっと、一日が過ぎるたびに恐怖感が押し寄せてくると思いますが、そこは明るく考えましょう!

明日は何をしようか?とか、何を食べようか?とか、食べられないのなら治して食べるぞ!とか(笑)

明日に出来ることを考えて就寝しましょう。

生きたいという気持ちが強ければ、5歳の子のように元気になれます。

最後まで諦めてはいけませんよ♪

私も棺桶に半分足を突っ込んでいるような感じですが、まだ死ねないんだよ!と毎日を楽しんでおります(笑)



いつかお逢いしてカラオケでも出来るといいですね🎵

いろいろと考えることも多くて大変だと思いますが、前向きに進路変更して楽しみましょう!


私も50年の人生で何度も死にはぐりましたが、気合いを入れていればなんとかなりますよ(笑)

元気に癌張り(癌を張り倒すという意味でw)ましょうね♪

では、期間限定です。



では。




by fujipapa-sas | 2018-09-06 23:47 | 千日行 | Comments(1)
さっき、シャワーを浴びていたら、突然、その意味が浮かんだ。

自己流で申し訳ありませんが、書き込んでおきます。

私の千日行で、2千回は唱えた祝詞です。


その言葉の中で、眼に諸々の不浄を見て、心に諸々の不浄を見ず…という部分があります。

そのような部分の解釈が、私は他の方々と違っていました。


お前の眼に見える不浄を、心である神様は見えないというか見破っているよ。

耳や口、鼻や舌や心で感じる不浄も、神様は知っている。

知っているから、自分の心に傷として残すことは無い。

お前の心は傷つかないのだ。

それは神様が護っているからだ。

だから、そのことに気づけば、お前の人生には花が咲き、清くて正しいことが起きる。

それを知ったとき、命あるもの全てが自分自身だと気づく。

お前も神様なのだ。

だから、自分の六感と身体を大切に感謝して生きてゆきなさい。

その思いは、必ず叶うからね。

こんなイメージが湧きました(笑)



言わない、聞こえない、見えないという感覚は、神様だから穢れないのだ。

そう、あなたの心が神様だからだ。

あなたが神様ならば、魔物は近づけないでしょ?(笑)

ただ、そこまでに辿り着けることは大変なんだ。

神様は、人間が思っている以上に心の隅まで監視しておられる。

なぜ、嫌なこと(不浄)が見えたり感じたりするのだろう?

不浄が心にまで届いてしまうのだろう?



感謝をしていれば、その意味に気づくよ。

いつも自分のことばかり考えていたら、心の神様も助けてはくれないよ。

優しさのない人に、幸せな人生は来ないよ。

たとえ、物質的な成功を収めていても、本当の幸せは来ない。

見せかけの優しさなんて、メッキよりも剥がれやすいことを知りました(笑)



とりあえず、今日はここまで(笑)



では。








by fujipapa-sas | 2018-09-04 00:08 | 千日行 | Comments(0)

己を捨ててこそ

『己を捨てなくば、先は見えぬものなり。』


自分を捨てなければ、千日もの間、御参りは出来ませんでした。

自分の都合を優先していれば、御参りは後回しになる。

普通の神社ならば、自分を捨てなくても御参り出来たかも知れない。

小高い山の神社は、毎日の御参りでさえも拒む神様。

自分を優先すると、必ずといっていいぐらい御参りに行けません。

自分の身体を優先しているだけでも、御参りさせていただけない。

身体あっての人生なのに(笑)



人様のために、なにかをするのならば自分を捨てなければダメだ。

見せかけの願いは、神様は最初からお見通し。

願いが叶ったとしても、それの根源は違う。

自分を捨てることは、もの凄く難しいけれど、その先に人生の答えがある。

なにも求めてはいけないのだ。



他人様のためといいつつ、儲けていたり、有名になろうとしている輩様はお気をつけて。

その代償は、あの世で払うことになる。

幾重にも人生は重なる。

来世の基盤が、腐った土地のようになってしまう。



己を捨てるにしても、自然にしなくては無駄だ。

他人様のためというのは難しいことなり。




では。





by fujipapa-sas | 2018-08-13 21:27 | 千日行 | Comments(0)

助太刀無用

『助太刀無用』

私には、助太刀無用みたいです(笑)

助けを求めたとしても、助けられる人はいないみたいです(笑)

理解しえるレベルではないからです。

私よりも凄い霊感やパワーを持っている方々はたくさんいらっしゃいます。

でも、私の修行と世界観が特殊な修行だったから助けられないそうです。

最近、他の方々との違いを感じています。

私は、独りで歩むタイプ。

助けを求めるのならば、独りで散りたい(笑)

だから、助太刀は無用なのです(笑)




さて、頑張ろう!


では。






by fujipapa-sas | 2018-07-13 23:53 | 千日行 | Comments(0)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心