絶望と希望

私の身体は絶望的だ(笑)

左眼は、これ以上は回復しないと昨日の診察で宣言されてしまいました(笑)

おまけに、腎臓が進行性の腎不全だそうで、ヤバイそうです(笑)

まぁ、予想はしていましたが、少し凹みながら散歩をしていると…

線路の横の道を歩いていると、落ち込んで電車に飛び込む人の気持ちが解るなと、

そんなことを考えていたら、頭に浮かんで来た言葉が…

『絶望でなく、希望を持ちなさい。希望の希は、まれと読む。』

そう、私の人生は、希に見るような奇跡の数々だ(笑)

その証拠を表すように、散歩をするまえに、久しぶりに考えた同級生の家の方に歩いて行こうと考えていました。

私の家の西の方にあり、夕陽に向かって散歩出来るので、最初はそうするつもりでしたが、足は逆へ(笑)

線路の上にかかる陸橋から、綺麗な夕陽が見たかったから、そっちに向かってあるいていた。

でも、線路に飛び込む人の気持ちなんてって考えていたら先から電車のライトが見えた(笑)

そのまま陸橋を過ぎて歩いていると、横を通過した車が後ろでブレーキを踏む音がした。

見ると、飛び出した車を避けていたので、危ない車が飛び出したんだなと気にせず歩く。

すると、後ろから「おう!何やってるんだよ(笑)」と呼び止められた。

暗くて顔が見えないから、誰だろうとキョトンとしてると「おう、おう」言ってくる(笑)

ケンカを売られてるのかなと、ちょっと睨んでみると、「おまえんち、逆だろ?散歩か?」

「このまえは、うちのお袋が、おまえんちのお袋に世話になったな」っと言われて気づいた。

夕陽に向かって歩いて行こうとしていたヤツだった(笑)

車の後ろに乗ってると言われたので、会釈をすると「またな!」言われたので、

「ありがとうね」と言ってバイバイ(笑)

ヤツとは2年前の同窓会以来だし、連絡先も知らないから、凄くビックリしました(笑)

これは、希ですよね?(笑)

線路を渡る時、夕陽が綺麗でした。



では。
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# by fujipapa-sas | 2018-10-14 01:07 | 神霊(しんれい) | Comments(0)
あえて、詳しいことは書きません(笑)

というか、書けません(笑)

昨日、御岩神社様へ2回目の御参りに行かせていただきました。

普段は厳しい神社様ですが、お迎えモードは優しさ満載で凄かった(笑)

なので、出逢った方々も、アベンジャーズのような魂の持ち主ばかり(笑)

いやぁ〜、やっぱり御岩神社様は凄い!

歓迎がこれほど凄いのだから、失礼なことをして祟られたら、そりゃ死ぬわ(笑)



たぶんね、あの夕方の闇の中には、祟られて亡くなった亡霊が魔となっていましたよ。

自分の欲だけで御参りに行く者や、ハイキング気分で大声を出して歩く人は気を付けて。

社務所の鳥居を潜ったときから、区別されていますよ。

ふさわしい者には歓迎を、そうでない者にはそれなりの対応しかしてくれません。

ちなみに、魔が神様の歓迎のように魅せることがありますから注意してくださいね(笑)

これほどまでに、ハッキリと区別される神様も珍しいです。

だからこそ怖いし、もの凄い神様や仏様が集っている。



ここで業務連絡(笑)

昨日のメンバーの名前を『チーム大吉』にしましょう(笑)

素敵な出逢いに感謝です。

本当にありがとうございました。

御岩神社様に、感謝!

メンバーさんに感謝!



では、詳しく書けないのでここまで(笑)





# by fujipapa-sas | 2018-10-09 23:08 | 神霊(しんれい) | Comments(8)
ネガティブなことが起きた時、最近の人はポジティブに考え直すように勧めることが多くなった。

まぁ私も、すぐにそのようなことを言うが、実は何も考えずにポジティブに変換しているわけではない。

自分に起きたネガティブなことや思考を、

分析・反省・教訓として考えてから心の肥やしにして魂の倉庫に保管してある(笑)

ただバカみたいに、なんでもかんでもポジティブに考えているわけではありません(笑)

誰にも言わないだけで、自分の心の中で何回も考えてから、その意味を見い出します。

そういう心の作業をしてゆくと、時間が経つにつれ、ネガティブな出来事も必ずポジティブに変化してゆきます。

自分に起こるネガティブなことには原因がありますから、

しっかりと自分を見つめながら上手に心を昇華させましょうね。



なんでもポジティブに考えるようになったら、ある意味、危険です(笑)

意味を考え、それを感謝に変換して前向きに考えましょう!

感謝に導けないポジティブなんて、ただの逃げなだけだ。

永遠に答えを導くことなく終わるだけ…。

冷静に素早く変換しましょうね。



では。






# by fujipapa-sas | 2018-10-08 00:39 | 悟り | Comments(0)

原点という次元

この世は3次元と言われています。

この解釈は、とても面倒なことを引き起こしていると私は考えています。

頭のいい方々は、やれ4次元だの11次元だのと物理学や理論で、この世の先を考えます。

そのことで、いろいろな方々が先の次元を想像し、

この世自体が意識の集合体で…なんたらと、現実から逃げている。

ちょっと頭がいいと、人様は必要以上のこと、必要のないことを語り出す(笑)

そんなことを語っていて、なんの役に立つの?

勉強は大切だけれど、まずは毎日を生きることが大切なんじゃないの?

日常の生活の中で、いろいろな事象にある意味を考えて感謝することの方が大切じゃないの?

自分という原点が大切なんじゃないの?



宇宙は、ビックバンから始まったと言われています。

点から始まったのです。

原点はゼロ次元。

人も、そこから始まったとしたら、その原点を見ずに広がるはずはない。

原点に、心という雫を落とすことで、宇宙と同じような次元が広がると思う。

原点に、空間とか理論とかの様々な枠は当てはまらない。

原点は無限だ。

原点さえ見て感謝していれば、様々な次元が心の中で広がる。

それが宇宙であり、神仏の世界である。

何次元なんて関係ない。

全ての次元は原点にあり。

多次元に逃げるのは止めよう(笑)



『すべては、ひとつ。』


全てに意味があるのだから、明日も頑張れるよ♪

夜に負けるな!(笑)

私も、闇や魔物より夜が一番怖い(笑)



では。




# by fujipapa-sas | 2018-09-30 23:58 | 考え | Comments(0)

第六感の呪縛

第六感に目覚めると、皆、そのチカラに惑わされる。

見える聞こえる感じる、五感で感じられない世界は他人様との違いを生み、特別だと思い込ませる。

感違い(勘違い)した本人は、そこから、変な世界の知識を自分自身で自分に刷り込み始める。

宗教や陰謀説に自然趣向、予言に過去に儀式に参拝など、ありとあらゆる思考的で空想的なことまで。



第六感は、そのチカラで人を惑わす。

たとえ、職業が神官や僧侶であっても、そのチカラは、その者を惑わす。

他人様のために、命をかけて供養していても、そのチカラはその者を惑わす。

無理もない。

他人様のために、そのチカラを使いたくなるもの無理はない。

つい先日まで、この私もそうであった。

だから重々理解出来る。

が、そういうチカラや行いは、死ぬ時に関係ないことに気づいた。

本当に必要なのは、そういう知識や人様の行為ではなく、己を見て死んでゆくこと。

己を見ずに、そういうことをしていても意味がない。

己のチカラを見た上で、己を知り、他人様を知って助けなければいけない。

特別なチカラだと感違いして、第六感を使っていては真実は見えない。



では、どう生きていけばいいのか?

第六感を持っていようとも、普通に生きろ。

服装や飾りも、それらしくしなくていい(笑)

幸せならば、パワーストーンもスポットも必要ないのだ(笑)

普通の中に隠れていれば、いろいろな真実が見えて来る。

特別だと考えて生きるから、様々なトラブルが降り注ぐ。

自分に合った生活をして、感謝しながら人生を過ごせばいい。



第六感は、あなたを真実から遠ざけるための試練だ。

真実から離れてしまっては真理は見えない。

心の垢を削り取れ。

第六感に惑わされるな。

人助けをしたい気持ちは重々承知。

見える人助けは誰でも出来る。

影に隠れて他人様を助ければいいだけのこと。

影にならなくてはいけないのに、太陽のように光り輝き、他人様の影を祓わなくてはならない。

この世は矛盾の中で成り立っている。

産まれた瞬間、死に向かって生きてゆかねばならぬ矛盾。

産まれた意味も知らぬまま死んでゆく命もある。

この世は矛盾だらけだ。



第六感も矛盾だらけだ。

よく考えれば、その意味も解ることだろう(笑)



死ぬときには、この世の全てが関係なくなる。

ゆえに、日頃から死を覚悟し、生きていることへの感謝の気持ちが必要なのに、

変な知識で心を染めてしまっては、自分自身が成仏出来ないのではないか?

第六感は真理を見えなくするための足かせ。

惑わされるな、踊らされるな、真実を見て生きよ。

第六感は神仏に繋がるチカラだからこそ、見え難い。



今日は、ここまで。




では。




# by fujipapa-sas | 2018-09-26 15:00 | まとめ | Comments(0)

闇と魔物

今日の夕方、旅先から戻って参りました。

一昨日の夕方、久しぶりに暗闇の小高い神社の下に御参りに行きました。

旅に出て参りますと報告に…。



街灯ひとつない小高い山。

もちろん、下の神社にも街灯はありません。

眼の悪い今の私では、下の神社さえも暗くて御参りがし難い。

よくもまぁ、懐中電灯も点けずに、頂上まで千日も歩いて御参りしていたものです(笑)

急な岩だらけの坂道も、急勾配の階段も無灯火でした(笑)



久しぶりに見る闇は、もの凄く深い渦のようで、魔物もうじゃうじゃ(笑)

でも、私が鳥居をくぐると汐が引くように木立に隠れた。

闇と魔物に御礼を伝えると、自然と涙が出ました。

これほどの闇と魔物の中を、普通に御参り出来たのは、闇と魔物が見守っていてくださったから。

この書き込みを見て笑う方がいたら笑えばいい(笑)

それが「普通」だからだ(笑)



私は「普通」じゃない。

小高い山の闇を見て再認識しました。

だもの、昨日御参りに行った大雄山の皆様の歓迎も変化するわけです(笑)

龍神の樹の前で、初めてお祓いを眷属から受けました。

他人様には解らない方法でね(笑)



いろいろと、ありがたいことです。



では。





# by fujipapa-sas | 2018-09-24 21:27 | 千日行 | Comments(0)
小学校を卒業するまで、いたずらしたりして大人に怒られていた私(笑)

知らない大人に怒鳴られたり、ゲンコツをもらって怒られまくった(笑)

でも、子供心に、大人の愛を感じていました。

私が怒られるのは、悪いことをしたのだから当たり前だし、怒ってくれるからソコで止められる。

怒られなかったら、そういうことをしてもいいのだと歯止めが利かなかったことだろう。



大人は、昔、子供だった。

だから、どういうことをすると大変なことになるのか経験しているのだ。

自分と同じようになって欲しくないから注意したり、厳しく接したりする。

昔の子供は、そういう愛があることを少なからず知っていた。

優しい愛だけが愛じゃない。

厳しくて激しい愛も必要なのだ。

怒らない愛は、その子供の人生を無駄にする。

怒られたり注意されたり、厳しくされることで自分のしたことを考える。

自分が間違っているのか、正しいのか、相手が正しいのか理不尽なのか。

厳しくされると怖いだろうが、そうされることで心は磨かれる。

多分、私は、もの凄い数の磨かれ方をしました(笑)

父親の理不尽な怒りをいつも受け止め、愛を感じていました(笑)

怒られることになれてくると、冷静に意味が考えられるようになるのです。



厳しさの中には、必ず愛がある。

相手が理不尽なことを言っていても、その奥にある。

そのことに気づくことで、愛の深さを知り慈愛も芽生える。

怒らない優しさでは、人は育たない。

身体が老いた時、心が厳しさに弱かったら、きっとツラいと思う。

若いうちに様々な経験をして、厳しい意見に耳を傾けよう。

そこには必ず愛があるからね♪



では。





# by fujipapa-sas | 2018-09-21 01:02 | こころ | Comments(4)

不自由と自由

いまの私は、左眼の回復もままならず、夜道や暗い場所では足下も見え難い。

糖尿は、平均値の低い数値になったので大丈夫ですが腎臓が徐々に悪化。

先日、とある「嵐の湯」という所を知合いに紹介されて行きましたら、腎臓の数値が少々回復。

教えてくれた方曰く、眼の視力に肝臓、腎臓、血圧の数値がかなり改善されたとのことで、

興味本位で行きましたが、その日のうちに私も小便の出が良くなるという改善が見られたので嬉しかった。

身体のいろいろな部分にいいようなので、不安のある方にはおすすめです。



病気というのは、健康だった身体が不健康になることです。

不健康になると、いろいろと不自由なことが増えます。

私も入院中には、いままで簡単に出来ていたことが、これほど大変なことなど考えもしませんでした。

元気な時、糖尿病の方から「本当に大変なことになるから気をつけて。」と言われていたのに、

私は大丈夫です!みたいな感じで他人事でしたし、こんなことになるなんて思ってもいませんでした(笑)

だから入院中や退院後に不自由になったら気持ちも暗くなるし、

周りの人々の本音も見えやすくなってツラかった(笑)



でも、気づいたのです♪

身体は不自由だけれど、心は自由なんだってね(笑)

身体は、病気によって動きや食事など様々な行動が制限されて不自由だけれど、

心は固定されている訳ではないし、自由に物事を考えることが出来る。

明るく考えることも出来れば、暗く考えることも出来る。

身体は制限されてしまうけれども、心は自分の考える通りに自由に動いてくれるのだ。

たとえ病床の上で動けないとしても、心は自由なのだ。

眼を閉じていても、自分が考えることは全て叶う!

世界旅行も出来るし、ロックスターにもなれる、心は自由なんだよ♪



不自由になることで、見えることが増える。

それが慈愛になり優し人に変えていってくれる。

不自由になることで大変な思いもたくさん増えるけれど、ある意味、神仏に近づく近道なのかなぁ(笑)

病気や自分の置かれた環境を責めても憎んでもいけないよ。

そうすると不自由のまま人生を終えてしまうことになる。

小さなことに笑顔で笑って毎日を過ごせばいい。

明日には死んでいるかも知れないんだ。

不自由になったから自由のありがたさがわかる。

あなたのそばにいた人がいなくなってから、大切な人だったのだと思うのと一緒だ。

人間は、当事者にならないと解らない生き物だから、苦労はした方がいいよね(笑)

今の世の中、心まで不自由な輩が多いこと。

心は自由だからこそ、不自由にすることも自分の責任だ。

それが自由の怖いところ。

神仏が、なぜに人様を自由にしているのか考えれば、不自由にも感謝出来ますよ♪

さぁ、今日も笑顔で頑張ろう!


では。


新◯さん、毎日考えていますよ(笑)
私の脳裏には、あなたの素敵な笑顔が見えています。
心配しなくても大丈夫!
病を楽しめ!(笑)
私は、今回も生き延びられたのでラッキーでハッピーだと感謝の毎日(笑)
元気になったらデートしようぜ!(笑)
私も頑張る!(笑)

またね♪






# by fujipapa-sas | 2018-09-18 12:36 | 教え | Comments(0)

どん底まで沈んだら

いまの私の社会的状況は最悪な状況だろう(笑)

健康的にも、一歩後ろに死神が待っていて、私の気のゆるみで即、死が訪れる(笑)

まぁ、またもやどん底だ(笑)

人生の中で、一番深い底に辿り着いた。

でも、ありがたいな(笑)

底に着くことが出来たからだ。



私は、底に落ちたら底を見ない。

背中に底をつけて上を見るようにしている。

するとね、水面の上が光り輝いて綺麗に見えるんだ。

今回は、かなり遠いところでキラキラと輝いていやがる(笑)

でも、もう、底に落ち切ったのだから、後は光りに向かって浮き上がればいいだけだ。

簡単だろ?(笑)

なにも考えず浮き上がればいいだけなんだからさ(笑)

どん底は冷たいけれど、燃えるような闘志を持っていれば暖かいし、

暗くても、心を輝かせれば周りも見えるから安心だ(笑)

左眼が見え難くても、腎臓が透析の手前でも、食事と水分の制限があっても、生きていれば幸せだ。

生きているのに、なんの不満がある?(笑)

大声で笑うことも、まだ出来る(笑)



悲しんでいる暇はない。

ギリギリまで心を磨くのだ。

きっと、身体は精神の限界を超えた時に回復するはずだ。

昨日、初診の循環器内科の医者が言った。

「腎臓の数値は絶対に下がりません。」と、5回も言いやがった!(笑)

しばらく前の数値が下がったデーターも見ずにだ(笑)

世の中に絶対なんてないことを証明してやる!

私は、どん底から笑って飛び出してやる!(笑)

マジンガーZがプールから出るときのように(笑)

いまに見てろ!

どん底まで行った患者を舐めんなよ(笑)

薬ばっかりくれやがって!(笑)



あー社会的にはどん底だけれども、なんか幸せ♡

みんな、癌張ろうぜ!



では。



# by fujipapa-sas | 2018-09-16 00:49 | 考え | Comments(0)

『そのために助けた。』

「もう一度、連続の千日行がしたいです。」


『そのために助けた。』


この一言で、いま、私は救われました。

私の神仏様は、私に嘘はおっしゃりません。

そして、この意味の重大さも私は知っています。

だから、つい、ニヤリと笑ってしまった(笑)

また、命をかけて生きることが出来る幸せ。

ありがたいことです。




では。





# by fujipapa-sas | 2018-09-16 00:23 | 千日行 | Comments(0)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心