神様はひとつ。

神様は、すべて繋がっています。

神仏といわれるものすべてです。

人様が、神仏を区別しています。



私が千日行をするまえ、約15年前ぐらいでしょうか。

通勤道路の道沿いに見える神社仏閣に、小さく会釈をするようになりました。

しだいに、いろいろなお宅様の敷地内に、小さな祠があることに気づき始めました。

だんだんと、その場所を憶えたので名前を言って、無事に通らせていただいていますと念じていました。

そうしましたら、まぁ、いろいろな場所に神社仏閣や祠のあること(笑)

運転に支障のないように挨拶をする習慣が出来ていました。



すると、私の中で変化が訪れました。

神仏に順番は無いのではないか?と…。

そう、小さな祠から、大きな神社に、太陽に、宇宙に、すべては繋がっているのです。

ですから、大きい神社だけ丁寧に挨拶しても、小さな祠から連絡が行っています。

『この者は、私の前では素通りです。』とね(笑)

大きい神社やお寺だけを大切にしてはいけません。

霊能者によっては、祠に神様がいないから御参りしなくていいという祠もあります。

でも、私は、そういう祠でも挨拶をさせていただきます。

もしかしたら見えないだけで、いらっしゃるかも知れないからです。



我々が、神社の大きさや歴史で神様を位付けしているだけなのです。

世界にはいろいろな宗教がありますが、すべて一緒、ひとつなのです。

それが理解出来た時に、生かされている意味が解り、自然体で生きてゆけます。

神様にも個性があります。

でも、だからといって神様は命を取るようなことはしません。

人間の死は、寿命なのです。

長生きしたいとお思いでしたら、すべての事象に感謝をして受け入れましょう。

死を怖がるから忍び寄って来る。

「あっ!いま幸せなんで、ちょっと待っててね♪」という気持ちでいましょう(笑)

死からしたら、「あれ、こんなに苦しめているのに幸せ?」とパニクることでしょう(笑)



神様を選んではいけません。

選んでは生けないのです。

そう、選ぶことで生きる時間が短くなるのだと思います。

すべてが神様なのに、あなた様が足踏みをして悩んでいることになる。

恐れることはありません。

神様仏様にすべておまかせ♪で生きましょう!(笑)



では。




Commented at 2018-09-08 01:07
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by fujipapa-sas at 2018-09-14 21:22
非公開さまへ

お返事お待たせしてしまい申し訳ありません。
こちらにまとめてお返事させていただきますね。

宇宙人説、私も同じような考えを若い頃に持っていました。
矢追先生の本を読みあさっていたことを思い出します。
人類とは、突然、地球に現れたのではとしか思えない進化ですよね。
でも、いまの私は、そういうことよりも、いまの人類の生かされている意味の方が気になっています。
私の子供の頃には、これほどの天災はありませんでしたし、自然も豊かでした。
大人も子供も住み分けが出来ていて、所作ももう少しマシだった気がします。
急激なパソコンなどの通信機器の発達や、家電などの便利さに、なにか大切なことを失っている。
だからこそ、いまは空想よりも現代人の心の中を大切にし、感謝の花を咲かせることが必要だと思っています。
でも、そういいながらも、UMAや古代遺跡にUFOは永遠に私の好奇心を刺激してくれます(笑)

柱の生贄の件ですが、私は古代の人々が、自然の驚異に畏れを感じ、
捧げることで脅威を止めようと勝手に始めた儀式だと感じています。
その神様は、大らかで優しい神様だと感じましたし、神様が人の命を欲しがる訳がないと思うからです。
あの神様は、非公開さまに旅をさせるために出したのだと思いますよ。
かわいい子には旅をさせろです♪
大らかな神様だからこその愛なのではないでしょうか?

神様を感じるには、自然体でなければいけません。
私利私欲や妄想が入ると、魔が差します。
大木から落ちる枯れ葉のように、自然に人生を舞いましょう!

では、また♪
by fujipapa-sas | 2018-09-07 21:37 | 神霊(しんれい) | Comments(2)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心