悟りはひとつじゃない。

悟りと聞くと「空(くう)」と考える方が多いと思います。

すべての欲を消し、何も無い心にすること?

私には、そういうことはよく解らないですが、今日、感じたことがあります。

悟りとは、人それぞれ違うもので、ひとつではないということ。

すべての感情を消して何も無い状態になることが悟りとか、偉いとかではなくて、

人それぞれに生まれて来た意味があって、それを『消す』というよりも、

自分の欲深い部分を理解して、治して行くということではないかと思ったのです。

心を「空」にすることは生きている限り無理だと思うし、誰でも出来ることではないけれど、

誰であれ、自分の悪い部分のひとつくらいは解るもの。

それを自分自身で理解して、「あっ!私、間違っているかも?」と治せばいい。

それに気づいた時が『悟り』なんじゃないかな?

宗教でいう悟りは、どんなに凄いお坊様でも悟れていない気がする。



『悟り』は、人それぞれ。

『悟り』は無限にある。

『悟り』は日々の生活の中にある。



そして、そのすべての『悟り』を総合しての呼び方は、こう言うのだと思う。



『愛』






では。
Commented by kamekamerikuriku at 2015-11-04 09:22
ご無沙汰しております♪


空→悟→「愛」

悟りの総称が【愛】というくくりに胸が熱くなりました。


Commented by fujipapa-sas at 2015-11-04 18:26
コメントをありがとうございます。

48のオッサンが書くことではない言葉だと思いますが、
感じたままを感じたままに書き込みました。

いま必要なのは『愛』なんだと、世界を見ていて感じた次第です。

今後とも宜しくお願いいたします。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。
by fujipapa-sas | 2015-11-04 00:37 | 悟り | Comments(2)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心