バァちゃんは天皇陛下。

10年前に、あと2週間で99歳になるとこで死んじゃったバァちゃん。

死に際の最後の言葉が『ありがとうね。』

私が生まれてから一度も怒ったところを見たところがなかったバァちゃん。

そんなバァちゃんが泣き言を言っていたときの話。


90歳ぐらいのとき、それまで続けていたタバコと毎日の飲酒を止めた。
すると、やっぱり弱気になったのか、こんなことを言うようになった。

「私は生きている意味があるのだろうか?」
「明日には死んでいるのではないか?」と、私が実家を訪ねる度に問いかけられた。

私は、こう答えた。

「バァちゃんさ、俺も今日の帰りに死んでしまうかも知れないんだぜ(笑)
死ぬことは誰にでもあって、年の順じゃないんだ。だから、心配するなよ。
それに、バァちゃんが生きている意味はあるんだぜ。俺ら孫からしたら天皇陛下みたいなもんだ。」

「毎日、テレビを視て食事してトイレに入って、日向ぼっこして、それが仕事だ!
元気でいてくれてニコニコしているだけで、それだけでいいんだ。
バァちゃんが元気ならば、俺らも嬉しいし、頑張って生きて行ける。
バァちゃんは天皇陛下と同じで、生きていてくださるだけでいいんだよ。
バァちゃんは、天皇陛下と同じで偉いんだぞ!(笑)」

「それにさ、死にたいなんて考えるなよ(笑)世の中には生きたくても生きられない人もいるんだ。
そういう方々に失礼だし、いずれ死ぬんだ。気楽に待ってりゃいいじゃん。
俺だって死ぬのは怖いけれど、そればかり考えていたら毎日が苦痛だ(笑)
朝起きたら、今日も生きていたと感謝をして死ぬ準備をすればいいだけのこと。
バァちゃんが毎日、いろいろなことに『ありがとう。』と言っていることを続ければいい。
バァちゃんは明日死んでいるかも知れない。でも、俺も死んでるかも知れない。
『死ぬ』ってことは、そういうことさ(笑)だから、弱気になるなって(笑)」


バァちゃんは亡くなる数日前から腹部の痛みを訴えていて、前日に私が車で病院に連れて行き、
車から抱きかかえてストレッチャーへ乗せた。初めてのお姫様抱っこ…。

ボケてもいなくて自分で身の回りのことが出来ていたバァちゃんだったから、
抱っこしたら「そんなことしないでくれ。恥ずかしい。」と言われて、まだ乙女心があるのだと(笑)

私は3回ほど、バァちゃんの命を救っている。
詳しくは書きませんが、病院でお手上げだったことを30分程度で復活させました(笑)
バァちゃんもビックリしてたし、お袋も喜んでくれた。

亡くなるその時が来たとき、私は息絶え絶えのバァちゃんの耳元でこう言った。

「バァちゃん、もう、がんばんなくていいよ。いままでありがとうな。」

すると、息が消えるように静かな呼吸になり眠りについた。

その数十分後、私とお袋で付き添っていたのに、私は電話が入り外へ。
戻ると、息を引き取っていた。

母一人、子一人で戦後を生きて来たバァちゃんとお袋の2人きりで終焉を迎えた。

最後の言葉は、お袋に言った言葉

『ありがとうね。』

なんか、バァちゃんは最後まで格好良かった(笑)


年寄りは天皇陛下様だ。
いらっしゃるだけでありがたいし、その家の象徴だ。
いろいろな環境で、いろいろな年寄りがいると思うけれど、感謝して接しよう。
いずれ、誰であれ、年寄りになるのだからね。

私も最後になったら『ありがとうね。』と言って息を引き取りたい。



バァちゃん、ありがとう。




では、長文にて失礼。
by fujipapa-sas | 2015-11-02 16:57 | こころ | Comments(0)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心