我々は全ての自然に生かされている。

理解出来る方だけで構いません。


昨夜のこと、風呂に入っていると雨が窓を叩く様な土砂降り状態。
すぐに雷が鳴り、稲妻の光も絶え間なく輝いていました。

いつものように湯船に入り、手を合わせ感謝をしていると閃いた。
この雨と風が、私の家を破壊し、天井が落ちて来たりしたら死ぬのかな?と。
雷が落ちて感電死ということもありえるな…と。

そう考えると、私は「ひとつぶの雨」にも生かされているのだなと考えました。

もしも太陽が高熱に照りつけて、雨も降らず水不足になれば何人の方が死ぬのでしょう?
何日も雨が降り続き洪水になれば?
突風が吹き、竜巻が大きくなり街を飲み込めば?
世界の大地が大きく揺れ、地震と津波が何度も起こったら?

我々は、全ての自然に守られて生きているのかも知れません。
時には、様々な天災で亡くなられる方々もおられます。
それには意味があって、命の儚さと、自然への感謝の気持ちを気づかせるためでしょう。

我々は、たった一粒の雨の雫に生かされているのです。
そよぐ風に、静かに波打つ水面に、穏やかに流れる川に、大らかな山々に…。

人は、もっと細やかに穏やかに物事を見なければ悟れません。
イライラしたり、小さいことを気にしたり、恨んだり憎んだりでは気づけません。
はっきり書きますね(笑)

心が穏やかでなければ、一生、目覚めることは無いのです。
座禅をしようが、ヨガをしようが、お経や祈りを捧げようが、ボランティアをしようが…。
自分の心が、自然のように穏やかでなければダメなのです。
そこまで気持ちを持ってゆくことは難しいことは解っています。
でも、何かに頼っていては、いつまでも目覚めることはないのです。

自然が、人間にとって、なにが大切なのか教えてくれています。
それを感じられるか否かは、あなたの心、気持ち次第なのです。
怒らず恨まず憎まず感謝して、気持ちを細かい部分まで観察して生きましょう!
そうすれば、一粒の雨で悟ることが出来ることでしょう。

それにしても、感覚を文章にすることは難しいですね(笑)

今回はこれにて(笑)
Commented by fujipapa-sas at 2014-07-24 23:41
きょうこさまへ。

コメントに書き込みをしていただき、ありがとうございました。
ですが、メールアドレスも一緒に書き込まれていましたので、
個人情報保護法の観点から削除させていただきました。

書き込みを、ありがとうございました。
by fujipapa-sas | 2014-07-19 17:36 | 悟り | Comments(1)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心