76ページに…。

私の能力のひとつが、なぜ芽生えたのか?

その意味を「私の遺言 佐藤愛子著」が教えてくれた。

いま、親父からとある方に貸し出す本が気になり取り出して見る(読むじゃなくw)と、

そこのページに眼が行った。



神様は待っている。

そう、思った。

以前の私を知っている方々は、この書き込みを見て笑うだろうが、そのページの1行がいまの私だ。




正直に書こう。

誰かれ、それなりの憑依はある。

重い憑依や後ろにいる方々の念が強い方は、私から離れる。

最初は不思議なくらい私に興味を示されるが、その意味を理解出来ないと離れることになる。

無理もないことだと思う。

人生は、自分だけのものでもないから。

後ろの方々のものでもある。

良い後ろの方々と悪い方々が、あなたの人生を導いている。

良い人生にしたいなら、考えて感謝して素直になればいいだけのことだけれど、

それが出来ないのは、いろいろな絡みがあなたを締め付けているから。

だから、そういう絡みを解してしまう考えを力を持つ者は邪魔なのだ。

そして、嫌いになって離れてしまう。




私は普通の方々とは違う。

幼少期の頃、行者の先生にご先祖様のお供養を始めていただき、二十代半ばで完了。

要は、後ろはバッチリ!という状態。

だから、二千日も行が出来たのです。

さて、離れてしまった方々は、これを読むことはあるのでしょうか?(笑)

なぜ離れてしまったのか?

離れなかったら、どういう人生になっていたのか?

佐藤愛子さんの本に、私の力の一部分が書いてあります。

それが、死んだバァちゃんが言っていた言葉の意味です。



さようなら、離れてしまったみなさま。

でも、なにかあったら必ずお助けしますね。

いつでも、どうぞ♪




明日、(私が)生きていたらですけれど(笑)



では。








BGM 「アルクアラウンド」 サカナクション
by fujipapa-sas | 2014-07-12 21:35 | 神霊(しんれい) | Comments(0)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心