カテゴリ:悟り( 18 )

可能性を消してゆけ。

先に進めば進むほど。

上に近づけば近づくほど。

先が見えれば見えるほど。

大きなものを手に入れられるようになっているのに。

いろいろなジャンルで、それはそれは大きな可能性があるのに。



真理が深く深く青い海のように、純粋に染み渡って来ると可能性までも消そうとする。

チカラが大きくなって、孤独が増えて寂しさも増しているのに、心が満たされている。

凄く深い寂しさに包まれても、愛を注いでくれる小高い山の神様たち。

神様がいう。

『身を隠せ、前へ進め』と。

大きな可能性も小さな可能性も消して進め。

もう、その可能性を叶えるだけの体力がない。

左目は諦めよう。




本当に命がけの御参りだったな(笑)

先日の魔物、喰うつもりだったんだろう(笑)

梟の神様に助けられた。

右目、いつまでもつかな?



可能性という欲を捨てて行こう。

こんな身体の俺に、可能性もクソもあったもんじゃない(笑)

そっと、消えよう…。

神様や仏様が待っているから…。

さて、頑張ろうぜ!俺!(笑)




BGM『忘らんないよ』 岡村靖幸









by fujipapa-sas | 2017-11-04 23:36 | 悟り | Comments(0)

いまの心が…

『いまの心が、あの世の姿。』

昨日、頭に浮かんだ言葉。

説明しなくても理解していただけますでしょうか?



よく心霊スポットとかに出るオバケは見た目が怖いですよね(笑)

それはね、怨念とか恨みを持っているから怖い見た目になるのです(笑)

生前にいろいろな恨みを持ったり、他人様に恨まれるようなことをしたからなんです。

死に際に「感謝」出来ずに死ぬと、そうなることが多いのです。

いまを、どんなに綺麗に見繕(みつくろ)っても、心が醜くては、あの世の姿は醜い姿になるだけです。



解りますか?

いまの心が、あの世の姿になるのです。

だからこそ、自分の心を磨いていなければいけないのです。

何ごとにも感謝して、仏様のように光り輝く心にしなければいけないのです。

心を仏様のようにすると、全ての出来事の意味が理解出来て感謝で満ちあふれます。

コツコツと、そういうことを積み重ねることで、あなたのあの世の姿が決まります。



ひとの人生なんて、あっという間に過ぎ去ります。

だから、あの世で仏様のような姿になることは難しいのです。

でも、そのことを理解して、いまから感謝をすれば、いずれは光り輝き仏様になれます。

ひとの寿命は解りません。

明日には、いいえ、1秒後には死んでいるかも知れません。

ならば、せめて、いまを感謝して光り輝いて死にませんか?

そうすれば、あなたも立派な光り輝く仏様。

ひとは、死に際が大切なのです。

あの世に行って、お化け屋敷のオバケみたいな姿は嫌でしょう?(笑)




光り輝き、綺麗な花園に囲まれた極楽浄土に行きましょう!

そのためにも、いまに感謝!

仏像や教祖様に尽くしても無駄。

己の心に、あの世の姿がある。

全ての事象に感謝しましょう♪

あの世でモテモテになること確実です!(爆)




では。




by fujipapa-sas | 2017-08-22 22:22 | 悟り | Comments(0)

善と悪

善は善であり、悪は悪である。

だが、善という悪もあり、悪という善もある。

善も悪も、すべてはひとつ。

善を善と捉えるか、悪と捉えるかは、各々(おのおの)の考え方次第である。

悪が時には善になったり、善が悪になったりするのも、すべてがひとつであるがゆえ。

ゆえに、すべての善と悪に感謝をしていれば、本当の意味と答えが理解出来るようになる。



難しく考えることはしなくてもいい。

善と悪とを、分け隔てなく比べて見ればいいだけだ。

人の行いなんて、その人の基準で善か悪かが決まって来る。

己が善だと思っていることをすればいい。

最終的な判断は、死を持って答えとなる。

己を信じ、己の道を進めばいい。

善か悪かは、あの世で決まる。




すべては、『愛』の中に…。





では。






by fujipapa-sas | 2017-07-10 21:22 | 悟り | Comments(0)
私は最近怒らない(笑)

些細なことで怒ることもあるけれども、その意味を考えたら怒れない。

怒りは『罠』だからね(笑)

嫉妬にしても、憎しみにしても、元は怒りだ。

怒りが生まれた時に、少しでも考え方を変えて見て欲しい。

怒りを生んだ出来事に流されてはダメだ。

そこには大切な意味があるのだからね♪



では。






by fujipapa-sas | 2017-07-09 01:59 | 悟り | Comments(0)

南無大師遍照金剛我也

今日、明るく考えようとしても気持ちが落ち込み、ファンを辞めようとまで思った。

山の中腹から、お稲荷さまのいらっしゃる方向を見て「助けてください。」とお願いをしました。


『光りが差す。』


と言われたので、それを受け入れることにしました。

そしてそこから少し歩くと、木々の隙間から明るい光りが差した。

月が出ていたのだ。

このところ、曇りが多くて月が出ていることに気づかなかったから、とても嬉しく感じた。

お礼を言いながら山を下り、天満宮様にもお礼の御参りをすると、その先で浮かび上がった。

私を取り巻く最近の流れが、神の領域の本当の意味を教えてくださった。

600日を過ぎた頃から「南無大師遍照金剛我也」という言葉が浮かことが多くなったのだが、

それは、すべての人々に言えることであり、誰もが持っているものだとは感じていた。

ただ、そこまで行ける人々がいないことに今夜気づいた。



神の領域の先に、なんとか辿り着くことが、こんなにも早く出来ました。

書いている自分でも、おかしなことを書いていることは理解しています(笑)

でも、こんな私に期待をしてくださっている人に伝えるために書いていますので許してください。

やっと、神様の気持ちが理解出来ました。

だから、今夜の御参りは熱烈歓迎だったのですね(笑)

眼が見えるうちに、ここに書けてよかった(笑)

先日の人間ドックで、お医者さまに脅かされました(笑)

もう、いつ、眼が見えなくなってもおかしくない状態だそうです(笑)

けれど、私は規格外の肉体の持ち主なので、まだ平気だと思っています(爆)




誰もが「南無大師遍照金剛」なのです。

これが、神の領域の先の世界です。

神様は、誰であろうと分け隔てなく愛してくれています。

でも、人間は自分だけを愛して欲しいので、自分だけの神様を作ります。

自分の欲を満たしてくれるのが、叶えてくれるのが神様だと信じて過ごしています。

神様は何もしてくれませんし、沈黙して見守ってくださっています。

それを理解しないと、いつまで経っても神の領域にでさえも辿り着けません。

辿り着けないのが人間なのかも知れませんが、それでは生まれて来た意味がない。




私の命は、案外短いかも知れません。

だって、こんなにも早く答えに辿り着いたのですから(笑)

今日で661日目。

1000日まで生きていたいなぁ〜(笑)




では、意味の解らない文章でゴメンなさいね(笑)



南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)我也(われなり)



私を苦しめてくださった、すべての事象に感謝いたします。


もう、思い残すことはありません。


ありがとうございました♡




あっ!ブログは閉鎖しませんから安心してくださいね(笑)

では。






by fujipapa-sas | 2017-06-28 22:50 | 悟り | Comments(0)

命を助けるのだから、命を狙われるのは当たり前なんだな。

いま、やっと理解出来た。

亡くなるはずの命を助けるのだ。

だもの、私の命が狙われるわけだ。

この10年、成果を見れば奇跡の数々。

当たり前の先の奇跡を、普通にこなした10年だった。



これからも、命を助けたい。

だから、私は負けない(笑)

命を助けることを諦めない。

命を…。




では。






by fujipapa-sas | 2017-05-28 22:54 | 悟り | Comments(0)

神様の答えはね、

勉強や研究には必ず答えがあって、それはその場で答えとして重なり合う。

蓄積されたデーターや言語に数式は必ず、今に答えが出るようになっている。

時間軸でいえば、現在に答えはあるのだ。

現在が積み重なって、必ず未来には答えとなって実を結ぶ。

でも、神様の答えに時間軸はないのだ。

過去に答えが置いてあったり、未来に現在の答えがあって、それを選択すれば明るい未来に成ったり。

あまりにも複雑に時間が絡まっているように感じるから、なかなか答えまで辿り着けない人が多い。



さっき、メッセージという映画を見て来ました。

この作者は、神様の時間軸を知っている素晴らしい方だと思いました。

私は最初の段階で、時間軸の予感がしていましたので予想したエンディングになりましたが、

とても素晴らしい映画でした。

神様の答えを知っている方々が作られた映画だと思います。

興味のある方は是非!



神様の答えは、いつも降り注いでいます。

なぜ、いま、その事が起きているのでしょう?

なぜ、過去に、その人と出会ったのでしょう?

すべてに無駄はないのに、素敵な出来事を自ら捨てて不幸になっている人の多いこと。

時間軸はないのです。

勉強のように、いま、すぐに出るような答えはないのです。

人生のすべての出来事は繋がっていて、いつか必ず答えが出るようになっています。

でも、あなたの感度が鈍いから、それを感じることが出来ない。

感度を上げたいのならば、すべてに感謝を…。

そうすれば、時間軸に答えが散りばめてあることに気づき、涙が溢れることでしょう。

もしも世界中の人がそのことに気づいたのならば、この先の未来の不幸は訪れないのに…。



では。








by fujipapa-sas | 2017-05-22 23:06 | 悟り | Comments(0)
人は、なぜ生きていると思う?

簡単な答えだけど、意味は深いのでご自分で考えて会得してくださいね(笑)


『死ぬための準備をするためだ。』


勉強や作法にマナーやルール、仕事に恋愛に家族に友人、様々なことが死ぬための準備に必要なんだ。

すべてを冷静に受け止めて、すべての出来事に感謝出来るようになったら理解することが出来ますよ。

偉い人や年寄りの話なんていらないよ。

答えは、すべて自分の中にある。

死ぬ瞬間の感情が、あの世では永遠に近い時間の流れの中で続く。

死ぬときの最後のために、自分の心を整えておきましょう。

自殺をすれば逃げられる?(笑)

逆だよ(笑)

その思いが、永遠に続くのだ。

自殺したくなったら、とにかく逃げろ!

すべてを捨てて逃げればいい。

時間が経ったら家族や恋人に友人達の所に戻ればいい。

逃げるが勝ちだ(笑)




生きていれば必ず、神様からのプレゼントがある。

でも、この世でもらえなくても神様に対して怒らないでね(笑)

向こうでいただけるプレゼントは、この世のプレゼントより素敵だから(笑)



私は、毎日が死ぬ準備だ。

怒られてもヘマしても、一晩寝れば明日が来る(笑)

同じことを次の日にしなければいいだけだ(笑)

嫌なら止めればいいだけだ。

命を大切にしよう。



肉体は、神様からのプレゼントだからね♡



では。






by fujipapa-sas | 2017-05-21 01:41 | 悟り | Comments(0)

今日の御参りの時に、蚊に刺されました。
いつもならば、もう少し先の時期に蚊が現れるのですが、今年は今日でした。

最初は虫が腕にたかっただけだと思っていましたので、そのままにしていたのですが、
次から次へと刺されていくうちに、どんどん痒くなっていったので蚊だと気づきました(笑)

御参りの最中に蚊に刺されると、どうしても祝詞をあげているときに集中出来なくなります。
行者の先生が昔言っていたのですが、木の枝を使い、自分の周りの地面に円を描き、呪文を唱えると、
あら不思議!蚊が寄って来れなくなって、修行に集中出来るのだそうです。
俗にいう結界みたいなものだそうで、大変便利だと話してくださいました。

私も、そういうことが出来ればいいなと何度思ったか知れません(笑)
けれど、いまは、そうは思いません。
結界のように自分を守ることは非常に便利でいいかも知れませんが、それは自然ではありません。

蚊は自然です。
祝詞に集中出来なくても、神様はきっと怒ったりはしません。
祝詞をあげる手間を喜ばれると思いますので、集中よりも、あげるという心が大切だと思うのです。

きっと、祝詞をあげるという心があれば、実は、蚊も寄って来ないと私は思っています。
ですから、いろいろなものに結界を張って避けるような行為は、私は自然では無いと感じますし、
そういうことをしていては、本当の自然の意味に近づけないと思います。

私は、その方法を知っていたとしても、結界を張るようなことはしません。
それが、自然の答えを導くことの邪魔をすると思うからです。

蚊が刺そうが、誰かに貶(おとし)められようが受け入れます。
それが自然であり、当たり前だからです。

生きていれば、それはそれはいろいろなことがあります。
嫌なことも辛いことも苦しいことも、それは星の数ほどあるでしょう。
そして、その全てに意味があるのです。

だから、心に壁のような結界なんて作らずに受け入れましょう。
魔物だろうが悪魔だろうが闇であろうが、それも自然です。
心を大きく持って感謝して受け入れましょう!

蚊には毒がありますが、しばらくすれば痒みも消えます。
いつまでも痒い訳ではありません(笑)

結界は便利だけれど、自分のためにはならない。
私は、蚊に刺されて集中出来ない自分が悪いと思っています。
自分が未熟だから、たかが蚊で心が乱れる(笑)
蚊に感謝をして、自然にまかせて今日も御参りをしました。

生きていれば嫌なこともあります。
さぁ、感謝をして、人生に集中しましょう!




では。





by fujipapa-sas | 2017-05-03 22:25 | 悟り | Comments(0)

一代限りだ。

『悟りは一代限り。』

開祖と言われるお坊様も、そのことには気づかなかったのだろう。

伝えることが使命だと思ってしまうのは当たり前だ。

伝えたことで、素晴らしい方々も生まれたことだろう。

でも、それは習字の先生が手本を書いて、その上をなぞって書いたのと同じだ。

どんなに同じような修行をしても、本人があみだした修行でなければ意味が無い。

文献も経験談も、作法も場所も関係ないんだ。

己が感じて、己が考えて、己が見つけなければ意味が無い。

悟りは全て一代限りだ。

繋げてゆく悟りは真実ではない。

だから、何代続いても世界は平和にならない。

お金を集めて立派な寺が建ち、信者も増えて教えが広がっても、意味が無いんだ。

ほんとうの悟りは、そこに無い。

あなたの悟りは、あなたひとりで終わるのだ。

だから、毎日の出来事に感謝して、その悟りを大切にしましょう。

全ての出来事には意味があるのだから、毎日の生活の出来事を考えて悟ろう。

毎日の悟りに、金も名誉もなにもいらない。

すべての人に平等に悟りはあるんだ。

あなたの悟りを、他人様に伝え続けようとしてはいけない。

他人様の考える心を失くしてしまうからだ。



自分の悟りを大切にしてください。

それは、あなただけの宝物なのだから。

一代限りに意味がある。

開祖は立派だけれど、そこまでは気づかなかったのであろう。

この意味に気づいてよかった。

誰であれ、なんであれ、ひとり一人が神様であり開祖である。

悟りを大切にし、自分の心の中で育むことだ。

自分一人が開祖であり、自分一人だけが信者なんだ。




さて、ご理解いただけますでしょうか?



では。





by fujipapa-sas | 2017-02-21 22:27 | 悟り | Comments(3)

たわいもないオヤジの戯言。


by 一心